「初めての不動産事業」の研究 【概要編】③ ~スルガ銀行不正融資事件~
不動産事業には様々なリスクがあるが、一番の不安は悪徳業者に騙される事ではないだろうか?
ナニワ金融道さながらに海千山千の不動産業者が素人を食い物にしているようなイメージが、不動産業界にはいまだにある。近年も、スマートデイズ社「かぼちゃの馬車」に端を発した、スルガ銀行不正融資事件などが耳目を集めているので、今回はどのようなスキームでこうした事件が発生したのかを知っておこう。これだけ知っても完全ではないのだろうが、そのスキームを知っておくことで防げるリスクもあるだろう。
スルガ銀行不正融資事件
それでは、スルガ銀行不正融資事件を振り返ってみよう。
近年、シェアハウスが流行っているが、これに乗じて女性専用のシェアハウスサービス「かぼちゃの馬車」を展開していたのが、2012年設立された株式会社スマートデイズである。スマートデイズ社は家賃保証をした上でサブリース物件を投資家に販売していたが、やがて当初見込み程シェアハウスに入居者を呼び込むことができず、2018年4月に民事再生法の適用を申請して破綻した。
これだけ聞くとありがちな事業の失敗でしかないが、問題なのはサブリース物件を投資家に販売する過程で、スルガ銀行が融資時の提出書類が不動産業者によって偽造・改竄されていることを半ば知りつつ、多くの融資を実施した点にある。これにより被害が大きく拡大した。スルガ銀行の第三者委員会の報告によると、投資家1258名、融資金額2013億円超、1000棟を越す木造シェアハウスが不正融資の対象となったのだという。
集合住宅のオーナーとなると、一番不安なのは空室が埋まるかどうかである。このためにリフォームやら広告やらを頑張るのだが、立地が悪かったり、建物が古かったり、物件がニーズにあっていないとオーナーの努力だけでは如何ともしがたい状況に陥る。その点サブリース契約になると、物件の管理だけではなく集客まで全て不動産事業者がやり、さらには家賃まで保証してもらえるので、物件購入のハードルがかなり下がるようになる。
スマートデイズ社はその点に着目し、サブリース契約をつける事で割高な物件を投資家に売りつけ、そこで得た利益を家賃保証に回す事でビジネスを成り立たせていた。当然のことながらニーズがない物件には家賃収入が入ってこないことになり、それでも家賃保証をしなければならない状況となる。やがて年収400万円台くらいのサラリーマンにまで顧客を広げ、給与明細の偽造、預金通帳の改竄など自己資金水増しや、収益計画や売買契約書を偽装を行うようになった。
こうした取引は明らかに犯罪でありあってはならないことだが、本来であれば銀行が内容を見極め、しっかり審査を行っていれば防げた筈だ。しかし、スルガ銀行では異常な成績主義が蔓延し、とにかく融資を通すことが最優先となり、気づいていても見て見ないフリをしていた。
ウィキペディアから引用すると「上司に首をつかまれて壁に押し当てられたり、営業目標が達成できない際に2時間以上立たされ同僚の前で給与額を言われたりするなどのパワーハラスメントが横行」していたそうだ。
結果、怪しい取引にも関わらず、多くの融資を実現して被害が拡大したのである。
契約書に怪しい部分はなかった
今回の事件に巻き込まれた投資家は、IT会社、保険会社、大手電気メーカー、自動車メーカーの管理職クラスなどが多かったそうだ。彼らは高学歴・高収入で、ビジネスにも精通していた。また、全くの初心者ばかりでなく、そこそこ経験がある不動産投資家もその中には含まれている。
こうした事件が起こった背景には、2013年から始まった金融緩和があると言われている。低金利で、利息を産む為には大規模な融資を実施するのが効率的で、不動産への融資はそういう意味で規模も大きく、成績も上げやすいツールとなっていた。
今回の事件は、「かぼちゃの馬車」を展開するスマートデイズとスルガ銀行だけが注目されているが、表に出てきていないだけで、2年間くらいのサブリースを付けて物件を販売する手法がこの時期、様々な業者により横行していた。(興味がある人は、「やってはいけない不動産投資」(藤田智也著/朝日新書)を読んでみると、ここまでやるかという話がいっぱい載っていて面白い。)
それでも、何故、頭もよく道理もわきまえたビジネスマンがこうした詐欺に引っかかってしまうのだろうか?
家賃保証という魅惑的な契約により、不安な投資家の心理につけ込まれたと言えばその通りなのだが、美味い話に警戒しない方がおかしいし、実際、彼らも初めは怪しんだようだ。
だが、投資家説明会では、包み隠さずにマイナスのリスクまでしっかりと丁寧な説明があり、信頼感が醸成された。契約書の内容も、注意事項に業者に有利になるような細かい文言を忍ばせるというような安っぽい手口を使うこともない。契約書は有効で正しい内容であり、弁護士に法務チェックを依頼しても問題ないと回答が返ってくる代物だった。
よって彼らはまずは安い物件から購入して、契約の通り家賃の振込みが続くかを確認した。しかし特に家賃は問題なく振り込まれる。同じように活動する周りの知人からも特に悪い話も聞こえてこない。そこで彼らは半年か1年くらい様子を見て問題なければ、業者を信用して2軒目3軒目と買い増ししていく。融資は下りるし、場合によっては自己資金0のフルローンでも融資がつく。
この取引のどこに瑕疵があるだろうか?
しかし、ある日を境に家賃が払い込まれなくなる。
その日は契約期間に定めた通りの場合もあるし、事業者が破綻してしまう場合もある。そして、実際の入居率を確認していなかった彼らは、7割でも入居者がいればなんとかなると思っているのだが、実は3割にも満たない場合もあるのだという。その時彼らは初めて、翌月からの金利と元金返済をどうするべきなのかに頭を抱えることになる。
何故、投資家は見抜けなかったのか?
特殊な契約ではあるものの、そもそもサブリース契約自体は違法な契約ではない。
物件を短期間で大量に供給する為に、大手業者が大家から一括で借り上げることもある。しかしそれは確実な借り手が見込めている場合とか、家賃保証をしても尚+(プラス)が見込める場合に限られる。本当に条件のいい物件であれば、不動産事業者が自分で購入して保有しておくのが一番良い筈である。
よって、一定の条件が揃わなければ家賃保証など成立しない。そうでもなくサブリース物件を販売するのであれば、原資をどこからか調達しなければならない。それをどこから持ってくるのかというと、投資家に売却して得た資金から捻出するのである。
実は、今回のサブリースを使った物件取引のスキームは、悪徳事業者の中では物件を販売した時点で終わっている。通常であれば、家賃保証を成り立たせる為に営業努力で入居率を上げなければいけないが、営業する気は0。できるだけ安い物件をできるだけ高く売ることで利益を確保し、その利益からオーナーへ保証した家賃を支払っていたのである。
要するに今回の「かぼちゃの馬車」に端を発するサブリース事件は、オーナーが粗悪な物件を高く買って、自分の金を家賃保証として毎月戻してもらっていただけなのである。
結局、いくら契約書が正しくても、適正な値段で物件を購入していなければ、損は全て投資家が被るような仕組みになっている。また、事業者が破綻すれば契約書がいくら正しくても、紙切れと同じである。
どうすれば防ぐことができたか?〜投資家の責任〜
この手の話はいつも既視感を覚える。
絶対儲かると言ってリターンを保証し、集めたお金からしばらくは配当されるが、自転車操業となってやがて破綻する。商材が不動産になっただけでやっているのは投資詐欺と同じ。
終わってみれば、なんで騙されたんだと周りは冷ややかな目で見るが、当事者の目線に立てば、このチャンスをモノにできるのは今しかないと思い込んでしまう。この機会を手にできるあなたは賢くて、特別なのだと自尊心をくすぐられるのだろう。財力のない若い女性が地方から出てきた時の住居を安く提供する、社会的意義の高い事業だと囁かれれば、足長おじさんになった気分で虎の子の財産を提供してしまうかもしれない。しかも、家賃は保証してくれるので、リスクも0だ。
正直、彼らを笑う気にはなれない。
失敗した結果だけを見て、ああすれば良かったというのはたやすい。
それでも、投資家は根本的なリスクを背負う覚悟がなければ初めから手を出してはいけない。
今回の件で言えば、明らかに物件の価格が相場から乖離していた。不動産投資サイトを巡れば、周りの物件に比べて適正な相場なのかはすぐわかる。また、万一家賃保証が無くなった場合でも、その物件の収益を挙げられるだけの価値があるかを計算する必要があった。少なくとも入居者に住居というサービスを提供しているのであれば、物件が適正な価値をもっているのかをシビアに見積もる必要はあっただろう。
昨今の報道によると、スルガ銀行の不正融資事件の被害者とスルガ銀行の間では、物件の所有権をスルガ銀行に譲渡するとことで借入金を帳消しにすることが合意された。しかし、本来行うべき物件の評価すら怠っていたいわゆる「投資家」を救済する事が正しいのかは議論のあるところだ。しかも、融資自体は銀行と投資家の間の契約であり、不動産事業者が改ざんした書類を本当に知らずに提出していたのかは疑わしいところだ。
今回、不動産事業の研究を行う過程で、本当にいろいろな手口があるものだと別の意味で関心させられてしまった。今回のスキームを知っただけで、全てを防ぐことはできない。
しかし、大抵のスキームは情報の非対称性に基づくものである。
少なくとも、物件の価値を正確に分析し、その価格で収益が確保できるのか?事業性を評価することで8割型防げるようにも感じた。そのためにまずは自分が何にも頼らずに経営するという前提に立つ必要がある。経済のマクロ状況、そのエリアの周辺状況、構築タイプと築年数などの物件の価値を自分の目と足を使い、入居者のニーズを評価し意思決定することが、不動産事業の起点とならなければいけないのである。