書評「バッタを倒しにアフリカへ」

ブログのカテゴリを用意していたのに、「文化」に関する記事をこれまで1件も書けなかった。

独立・起業して日々充実しているものの、次どうすればいいのか、何が利益になるのかなどに頭を巡らす日々の中で、以前ほど本や映画を楽しむ時間がなくなってしまった。
とはいえ、WEBニュースなどを見たり、街を歩いていたりするとなぜかピピッと刺さってくるものはある。
今回、そんな閉じかけた感性のドアを強烈に叩き起こしてくれた本と出会ってしまった。

「バッタを倒しにアフリカへ」(前野ウルド浩太郎 著)(光文社新書)

今の日本で昆虫学者を目指し、さらに、バッタの研究を志した前野ウルド浩太郎氏がアフリカで蝗害と戦う壮大な物語である。しかし、「戦う」と言っても前野氏が戦うのはバッタではなく、バッタがいない事だった。

とにかくアフリカは広い。

どこかでバッタの大群が発生したという情報がもたらされても、ガセネタだったり、あるいは迅速な殺虫剤の散布により、すでに除去された後だったりと、限られた予算と時間の中で思うように研究対象と向き合えない日々が続いて行く。
研究者になることなど想像したこともない自分としては、ポスドクという一歩前の研究者が僅かなポストを巡って死に物狂いで競争を繰り広げられていることを知識として知っていても、感覚としては理解できなかった。だがこの本を読んで、将来の見えなさに喘いでいる姿に自分まで息ができなくなるようでもあった。

「唇はキスのためでなく、悔しさを噛みしめるためにあることを知った32歳の冬。少年の頃からの夢を追った代償は、無収入だった。」

前野氏は最終的には、アフリカでの実績を買われて京都大学が用意した超難関の「白眉プロジェクト」の選考に通るのだが、2年の研究費用が尽きて貧乏になった時、それで初めて本当に飛蝗(バッタ)が自分は好きなのだと道を確信したと語るシーンは、何かガーンとやられる気分であった。
今まで、自分の好きなことを追い求めるより、どうしても食べることをまずは考えてしまって生きてきた。変な話、IT系は仕事はやる気さえあればあぶれることはない。貧乏もしなくて済む。だが、本当に大切なことというのは、究極に余計なものを捨て去った時にしか見えてこないものなのかもしれない。

結局前野氏は運が良かっただけかもしれず、生き残れたからこそこうして著書を書くことできた、ある種例外的な存在であると片付けることは容易い。けれども、自分の信じる価値に本気で向き合い続ける強靭な人としての在り方がファンタジーではなく現実に存在し得るものだということが、初めからそんなものは存在しないと思い込んでいた自分にはとてもショックでもあった。